ハシマサタカのかんがえ

ニュージーランド帰国をベースに、興味のあることないこと。

田舎のばか者

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今日は、ニュージーランドの話題を離れて、日本の田舎について。
繰り返し伝えているのは、地方に未来はないということです。

 

その考えは変わらないのですが、さらに2点追加しておきます。

 

【 問題点 】

・ゴミ出し
・お祭り

 

ゴミ

お節介な地元民というのがいて、
人が出すゴミをチェックして注意をしてくるというのが今もまだいる。

それがどういう責任感なのかわからないが、
処理場に運ばれたゴミは、改めて分別され焼却されるものは焼却され、
リサイクルされるものはリサイクルされる。

一つ二つのゴミをどうこうしようと、何も変わらない。
しかもゴミ処理業務と何の関係もない一住民が、
なぜそれを積極的に請け負うのかも理解できない。

 

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お祭り

「長年の歴史が意味を持つのか」ということも、
意見が分かれるところだと思う。

続けるのに多大な費用がかかり、
少子化のために参加できる子供もいない地方のお祭り。

絶やすこともできるのだろうが、意地とプライドで毎年一回のために、
やりたくもない地区当番制に消耗する。

祭りへの参加が嫌で、引越しをする人が出るほど、人気がない。(一部では人気があるのだろうが。)

昔と違い、お祭りの出店も元気がない。これが地方の現実。

24時間、コンビニが開いていたり、
大型スーパーがお祭り以上の賑わいを経験させてくれた。

 

もうお祭りの活気に出る幕はない。(独特のお祭り熱はあるだろうけれど。)

 

古くから変わらない生活を続ける者が、田舎にはまだいる。
そのほとんどは年寄りなのだが、
残りの人生で生き方や考え方が変化することはないだろう。

 

よほどの魅力がその土地になければ、人は移動しない。
移住地の選択権は行動の軽い若者にある。


彼らが、田舎単一民族を受け入れることはあっても、
田舎単一民族がよそ者を理解することは難しい現実がある。


その結果、移住者を受け入れる社会は年寄りだらけの村社会となり、
10年後にはなくなる。